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急行銀河号写真アップしました

本家サイトの「栄光の列車たち」に
銀河写真館」を掲載しました。
http://ginga55.web.fc2.com/bluetrains/ginga/detail.htm

廃止となった2008年の初めから撮りためたものなのです。
2月には大阪まで乗車もしました。
今となっては楽しく切ない思い出です。

急行銀河


テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

tag : 24系 銀河 EF65

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モケット色から判断して

寝台の画像、雰囲気良く撮れていますね。
モケットの色から察するに、1998年7月の「瀬戸」サンライズ化で捻出された、元下関配置の100番台ですね。
のちにウグイス色のモケットに張り替えたものも存在します。
元下関車は、通路側のブラインドが青の縦ストライプ入りなので一発で見分けられます。
また、JR西日本受け持ち車両のサボが黒地に変わったのは1996年夏からです。
「銀河81,82号」の最後の設定は1998年11月末、勤労感謝の日絡みの連休です。
追って徐々に1996年以降の「銀河」編成記録を披露させていただきたいと思います。

流石ですね

赤まんとさんこんばんは。
この写真は2008年2月に乗車したときの自分の座席です。
3号車でオハネフ25-140でした。
追って編成表も掲載したいと思います。
銀河は国鉄時代の姿を最後まで残していた列車でした。
釜もPFでブルトレブームを通ったアラフォー世代にとっては
たまらない編成でした。
そんな24系たちもほとんど廃車になってしまったようです。
「鉄道ファン」のデータによると1両のみオハネフ25-47が残っているようですが…
銀帯の25形はもう見られません。
「銀河」の編成情報楽しみにしています。

1999年11月18日東京着102レ

過去の記録を当たっていたら、偶然にもちょうど10年前の今日、調査したものが出てきましたので、ご紹介いたします。

Lot No.0976 99/11/18東京着 102レ「銀河」

カヤ24 10(9-6鷹取工)
オロネ24 102(9-10鷹取工)
オハネ25 66(10-3鷹取工)
オハネ25 207(10-11鷹取工)
オハネ25 175(9-3下関部)
オハネフ25 47(10-1鷹取工)
オハネ25 60(10-2鷹取工)
オハネ25 251(10-4鷹取工)
オハネ25 198(9-1下関部)
オハネフ25 131(11-6鷹取工)
  EF65 1116

当時は全検表記は調査対象外でしたが、大阪在住の友人が大阪駅ウォッチングの際、律儀に書いてハガキで送ってくれ、それを保管しておいたのが、今になって生きています。
宮原車の一部車両銀テープ帯化は97年から始まっており、この時点で既にオハネ25 66やオハネフ25 47と131はテープ帯でした。
加えてオハネフ25 47はテープが貫通幌まで回りこむ処理に変えられ、131は妻まで回りこまない処理でした。
元下関車もこのあと続々全検時期を迎えます。
網干総合の稼動は2000年4月ですから、まだ懐かしい鷹取工表記が多く見られるほか、カヤ24が健在です。
減車措置が取られる前ですから、中間のオハネフもまだ5号車ですし、何より9両編成です。
当時私は25歳になったばかりで、こうして休日シフトの朝は6時前に飛び起き、東京駅に通ったものです。
編成記録を始めて3年9ヶ月。累計1000本を間近に控え、バリバリ記録にいそしんでいました。
今から考えれば、まだまだ夜行列車の本数は多く、編成そのものも長かったですね。客車使用の集約臨時列車も多く、記録を増やすのに絶好の環境でした。

私も1月23日にお名残乗車しています

実は私も1月に乗っており、このときに当たったのが3号車オハネ25 64で、隣がオハネフ25 140でした。
2号車がオハネフになったのは2006年3月からで、「あさかぜ」廃止で1年間塩漬けになっていたオハネフ25 133、140、150が宮原に転じ、奇跡の復活を遂げました。
このうち133と150は検査切れが近く、1997年に全検を受けています。
140は最終全検16-7下関部、つまり2004年に検査を終えていて、当時の下関特有の、床下グレー塗装がされていました。
2008年冬がちょうど検査切れに当たったとみえ、2月末までには運用離脱しています。
たまたまかもわかりませんが、大阪在住の友人の「日本海」編成記録にこれらオハネフ25 133、140、150は一切登場せず、私としては「銀河」2号車限定使用だったと睨んでいます。
交番検査で抜けたときは2号車にオハネフ25 47、136といった車両が入ったのを確認していますが、概ねこの復活3両のうちどれかが組み込まれていました。

外観に大きな違いがあるわけでなし、瑣末なことのようですが、こんな視点で眺めてみるのも結構楽しいのです。

10年前の銀河

またまた素晴らしい情報ありがとうございます。
10年前、99年というと私が結婚した年ですね。
当時は鉄道からは離れていて音楽活動に夢中でした。
その当時の銀河号の編成ですか。
数年前に「この世界」にもどるまで約25年くらいのブランクがあるのですが
その間も毎晩銀河号はこうして走り続けていたわけです。
なのに今はもう走っていない。

2008年に乗車した時3号車だったと書きましたが2号車でした。
カニから3両目という認識がありつい3号車と書いてしまいました。
オハネフ25の0番台は確かに下の銀帯が切妻面まできていませんでしたが
100番台でもそのようなものがあったのですか?
200番台は14系15形と同じようにやはり切妻面まで回っていませんでしたね。

銀テープ帯になってからの変則形態です

オハネフ25の帯処理の変化は、銀テープに変わってからのものです。
昨夜の好評に意を強くし、今宵は現在の形の記録を始めて初の東京着の編成です。

Lot No.0005 96/2/25 102レ「銀河」

カヤ24 7
オロネ24 103
オハネ25 251
オハネ25 68
オハネ25 65
オハネフ25 39
オハネ25 252
オハネ25 61
オハネ25 60
オハネフ25 38
 EF65 1102

平成5~7年全検のもので組成されており、当時はまだグレーHゴムが大半でした。サボもオリジナルタイプです。

早朝5時過ぎに起きて初めて押さえた「銀河82号」記録も載せておきます。

Lot No. 0067 96/8/10 8108レ「銀河82号」

スハフ14 10
オハ14 165
オハ14 48
オハ14 28
オハ14 173
オハフ15 23
 EF65 1132

大阪の友人の情報では、岡山の14系使用と聞いていたので、車番を見てたまげました。下関車です。スハフ14 10が全検上がりたてでピカピカでした。こちらは全車黒Hゴムでした。
JR西日本とJR東日本の14系が隔日で使われ、概ね西の14系には下関のEF65が、東の14系には田端のEF65が先頭に立ちました。

とにかく、取り貯めた自身のデータが、何らかの形で役立つなら望外の喜びで、他のブルトレや集約臨、友人提供の記録も含め、要望に応えられる範囲でご紹介していきたいと思います。



25形0番台

0番台中心で構成されていたのですね。
25形の0番台っていうと、日本海やつるぎなど関西圏のイメージでした。
一方銀河は20系+58っていうイメージでした。
数年前にイカロス出版の「形式24系」に25形0番台の銀河の写真が載っていて
すごく新鮮に感じたのを覚えています。

14系座席車の臨時銀河は存在は知っておりましたがお目にかかったことはありません。
14系寝台車の時代も1年ほどあったんですよね。

ホント興味深々ですね~
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